「還暦戦場カメラマンについて再び・・・。」
先日、還暦戦場カメラマン、橋田さんのことを掲載しましたところ、現在旅行専
門学校の先生をされているHさんからメールを頂戴しました。
なんと約20年前、解放直後のカンボジアを一緒に旅されたそうです。
お便りからはその当時の模様が感じ取れ興味深いです。
以下ご一読ください。
=======================
谷田貝良成 様
始めまして、突然のメールで失礼します。
かつて西武百貨店の旅行事業部で旅行の仕事をしていましたときに、もし、この本
の著者の橋田信介さんが電波ニュース社で働いていた方であれば、本当に、懐かしく
思います。年齢的にはピッタリだと思うのですが。誠実な人で、かつ反骨精神の持ち
主、そして何よりひょうきんな所がありました。そんなところがいつも若々しいこ
ころを忘れない人だと思っていました。
もう、20年近く前のことですが、ポルポトがカンボジアを恐怖政治の国にして、
そしてその時代が終わり平和な時代が訪れつつあった時、橋田さんの方から西武の方に
将来の「アンコールワット展」の構想があり、堤オーナーの了承の下で、代表室長と
橋田さんと、かつてカンボジア駐在をしたこともある当時朝日新聞の論説委員の方と
そして、私とで外国人が1人もいないカンボジアへ視察をしに行ったのです。
首都のプノンペンからアンコール地域までほんの150キロ程度ですが、航空機もなく、
ジープで穴だらけの道路を丸2日かけてシェムリアップに行きました。
途中の宿では遠くの方で迫撃砲の音が聞こえ、外務省から入社した代表
室長は恐がっていたのを良く覚えています。まあ、とくかく2日間のジープの旅は
極々普通の農村風景のあるのんびりしたものでした。違うのは、道路が穴だらけで歩
くのと全く同じくらいのんびりいくしかないくらいです。
アンコール遺跡はひっそりとジャングルの中にたたずんでいました。
ツアーに出来ると確信しました。13年間の空白の後の初めてのツアーを世界で始めて
やれると思いました。
プノンペンに帰って部屋で政府側と結ぶ独占ツアー契約書を作り、橋田さん、
そして現地駐在のKさんと一緒に夜、1本のウイスキーを持って、当時若き外務大臣、
現在首相のフンセンさんの家を訪ね、快く契約書を取り交わすことが出来ました。
日本に帰ってから、橋田さんとツアービジネスの具体化を練り、第1団をNHKを含
めた多くのマスコミのテレビクルーの同行を伴ってのツアーとなりました。当時はまだ、
反政府ゲリラが活動をしていた時期ですから、事故やテロには最新の注意をしましたが、
幸いのことに私が担当した期間もまた、その後もカンボジアでは事故が起きなかったのは
幸いでした。
こんなわけで、橋田さんとは、ある意味で戦友みたいな間柄でした。
もし、何かの機会がありましたら、また、お目にかかってお話を伺いたいと思って
います。
・ロングステイについて:
私もそろそろ60に近付いてきましたし、今の専門学校
での旅行ビジネスの教師をリタイヤーした後は、どこかの国で現地ガイドのトレーニ
ングをボランティアでやりたいと思っています。アジアであれば、ミャンマーとか、
スリランカなどのまだ現地の方がガイドの能力が不足している地域、あるいは、ポルトガ
ルのような自分も楽しみながら、ボランティアできる国か今徐々に考えているところ
です。
ということで、谷田貝さんのニュースは大変参考になります。今後も楽しいニュー
スを期待しています。
2003年 12月21日 Hより
=======================
H様
おたよりありがとうございます。
橋田信介さんは、間違いなく元電波ニュースの方です。
生憎昨日バグダットへ旅立ってしまいましたので間に合いませんでしたが、お便りありましたこと
お伝えしておきます。正月早々にはバンコクに戻る予定です。
以上、御挨拶方々御連絡まで申し上げます。
谷田貝 拝