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連載コラム「人間へのはるかな旅」第三部 |
2004/08/03
私のロングステイの目的の一つにアジア巡礼があります。 これは以前にも書きましたが、先の大戦でこのインドシナ半島、及び 南太平洋では、軍人・軍属合わせて二百数十万の日本人が亡くなっ ております。 そのうち、日本に戻れたのは約半数、未だにアジアの山河には多く の英霊が眠っております。 その英霊の眠る地を訪れ、英霊と語り、線香と鎮魂の花を捧げるの が、私たち夫婦の第四の人生であります。 1991年8月、私たちは当時ソ連であったハバロスクを訪れました。 私たちが行った時は夏でしたので、黒龍江で水遊びをする市民の人 たちもいましたが、冬は凍てつく氷河に被われることでしょう。 ハバロスク日本人墓地、ここに佇むと一つの小説を思い出します。 山崎豊子の大河小説「不毛地帯」、ここに抑留され、11年シベリヤで 暮らした元伊藤忠商亊会長・瀬島龍三氏がモデルとされます。 1998年8月、私たちはモンゴル・ウランバ一トル郊外にあるダンバ ダルジャ一日本人墓地を訪れました。 埋葬されているのは厳冬の地モンゴルで強制労働に従事し、死んで いった旧日本軍兵士たち。 どこまでも続く緑の丘陵の中に白い墓碑が並んでいます。 澄み切った蒼い空、爽やかな風が通り抜ける異国の丘、人一人いな い緑の丘で私たちは英霊と語り合いました。 2000年某日、私たちはタイ北部メンホ一ソン県クンヤムにいました。 メンホ一ソン県には未だ29ヶ所に7000柱の英霊が眠っています。 ワット・モエトン、ここに建つ「クンヤム星露院」には作家・伊藤桂一氏 の手による碑があります。 悼 天に星 地に草の露 はるかに 故国を恋いつつ ここに兵士らの 御魂眠る その勇武のあわれを 悼むなり 小説「不毛地帯」の主人公、壱岐正のモデルに瀬島龍三を選んだ山崎 豊子は、「モノとカネがすべてを支配するという精神不毛の現代にあって、 シベリア抑留11年の過酷な体験をもつ元陸軍作戦参謀、壱岐正と壱岐 を中心にした一つの企業集団がどのような生き方をするか、それを描く ことによって、現代の精神的飢餓状態に警鐘を乱打したかった」といい、 そのフィナ一レを感動的な文章で結んでいます。 『飛行機は闇の中を飛び、眼下に白い大地が拡がりはじめた。 小一時間もすれば、いよいよ、ハバロスクであった。 壱岐はエアバックからシベリアの地図を取り出した。そこには帰還者の 証言、伝言をもとに作られたシベリアの日本人墓地が記されている。 ハバロスク、イルク一ツク、タイセットなど、広範囲に散らばっている墓地 には白樺の墓標に名前を記すことも許されず、何の意味とも知れぬ数字 が記されているだけであった。 「やっときたぞ、待っていてくれ」壱岐は傍らの座席に置いた満開の白菊 の花束を取り上げ、窓にかざした』 苦難の末に日本に戻り、今はすでに亡くなった多くの壱岐正の代りとなって、 私たちはアジアの山河を巡礼したい。
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(このコラムの前シリーズのバックナンバーは現在整理中です。順次公開していきます。)