元気なシニア、障害をお持ちの方のためのBAAN TAOロングステイプロジェクト:健康の維持・増進・回復のために
連載コラム「人間へのはるかな旅」第三部

■■第47回「今日も暮れゆく異国の丘に」■■

2004/08/03


私のロングステイの目的の一つにアジア巡礼があります。

これは以前にも書きましたが、先の大戦でこのインドシナ半島、及び
南太平洋では、軍人・軍属合わせて二百数十万の日本人が亡くなっ
ております。
そのうち、日本に戻れたのは約半数、未だにアジアの山河には多く
の英霊が眠っております。
その英霊の眠る地を訪れ、英霊と語り、線香と鎮魂の花を捧げるの
が、私たち夫婦の第四の人生であります。

1991年8月、私たちは当時ソ連であったハバロスクを訪れました。
私たちが行った時は夏でしたので、黒龍江で水遊びをする市民の人
たちもいましたが、冬は凍てつく氷河に被われることでしょう。
ハバロスク日本人墓地、ここに佇むと一つの小説を思い出します。
山崎豊子の大河小説「不毛地帯」、ここに抑留され、11年シベリヤで
暮らした元伊藤忠商亊会長・瀬島龍三氏がモデルとされます。

1998年8月、私たちはモンゴル・ウランバ一トル郊外にあるダンバ
ダルジャ一日本人墓地を訪れました。
埋葬されているのは厳冬の地モンゴルで強制労働に従事し、死んで
いった旧日本軍兵士たち。
どこまでも続く緑の丘陵の中に白い墓碑が並んでいます。
澄み切った蒼い空、爽やかな風が通り抜ける異国の丘、人一人いな
い緑の丘で私たちは英霊と語り合いました。

2000年某日、私たちはタイ北部メンホ一ソン県クンヤムにいました。
メンホ一ソン県には未だ29ヶ所に7000柱の英霊が眠っています。
ワット・モエトン、ここに建つ「クンヤム星露院」には作家・伊藤桂一氏
の手による碑があります。

       悼
  天に星 地に草の露
  はるかに 故国を恋いつつ
  ここに兵士らの 御魂眠る
  その勇武のあわれを 悼むなり

小説「不毛地帯」の主人公、壱岐正のモデルに瀬島龍三を選んだ山崎
豊子は、「モノとカネがすべてを支配するという精神不毛の現代にあって、
シベリア抑留11年の過酷な体験をもつ元陸軍作戦参謀、壱岐正と壱岐
を中心にした一つの企業集団がどのような生き方をするか、それを描く
ことによって、現代の精神的飢餓状態に警鐘を乱打したかった」といい、
そのフィナ一レを感動的な文章で結んでいます。

『飛行機は闇の中を飛び、眼下に白い大地が拡がりはじめた。
小一時間もすれば、いよいよ、ハバロスクであった。
壱岐はエアバックからシベリアの地図を取り出した。そこには帰還者の
証言、伝言をもとに作られたシベリアの日本人墓地が記されている。
ハバロスク、イルク一ツク、タイセットなど、広範囲に散らばっている墓地
には白樺の墓標に名前を記すことも許されず、何の意味とも知れぬ数字
が記されているだけであった。
「やっときたぞ、待っていてくれ」壱岐は傍らの座席に置いた満開の白菊
の花束を取り上げ、窓にかざした』

苦難の末に日本に戻り、今はすでに亡くなった多くの壱岐正の代りとなって、
私たちはアジアの山河を巡礼したい。





(このコラムの前シリーズのバックナンバーは現在整理中です。順次公開していきます。)

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