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連載コラム「人間へのはるかな旅」第三部 |
2004/07/16
四川省と山梨県甲府市は姉妹都市、ガイドの高(コウ)さんは交換 留学生として、2年間甲府で生活をした経験がある。 留学当時、皇太子殿下の結婚パレ一ドを見に行ったというから、 時代はその頃でしょう。 昇仙峡の紅葉は美しいとか、富士山は登る山ではなく遠くから見る 山だとか、中々に詳しい。 先般、九州から来た人のガイドをした時、昇仙峡の話をしたら、 「そんなとこ知らん」と言われたらしく、九州の人はモノを知らないと 怒っていた。 私が「山梨の葡萄はおいしい」と言ったら、大きな声で「そそそ」 と言った。 7月1日(木) 夕食を終って7時45分にロビ一に集まり中国ショ一を見に行く。 その場で高さんの旦那さん牟(ム一)さんを紹介される。 ニコニコした穏やかな顔付きの好青年、今日は4人でショ一見物。 タクシ一で会場まで10分あまり、大型バスがたくさん並び、場内は すでに満員の盛況ぶり。 すぐにお茶とウチワが配られ、ショ一は8時10分頃始まった。 胡弓の演奏、影絵、獅子舞い、コミカルな踊り、人形劇と盛りたく さんだが、圧巻は高さんがチェンジ・フェイスと称した仮面の早変り。 京劇でよくやる後ろを向いて一回転すると顔が変っている、腕の裾 で一瞬顔を隠すと顔が変っている。これを7〜8回連続で変える。 お客さんも呆気に取られて、その後に大喜び。 芸はどれもこれも素晴らしく、高さんはテレビに出る有名な芸人ばか りだと言っていた。これなら200元の入場料も高くない。 ショ一が終って帰り道が宋代の建築様式で作られた、マッサ一ジ屋や 喫茶店が並ぶ小路。 中々にいい散歩道、おりしも天空には満月が地上を照らし、爽やかな 風が吹いて実にいい雰囲気。 牟さんも四川省でこんな美しい満月が望めるなんて珍しいと言っていた。 今日は実に盛りだくさんの一日、ホテルに戻って眠るのが惜しいような 夜でした。 7月2日(金) 四川省の旅、最終日。 古代水利施設で世界に名高い都江堰(とこうえん)に行く。 成都の北西59km、灌県の岷江上流にある水利工事跡で世界遺産に なっている。この工事は紀元前 3世紀に岷江の氾濫を防ぐために蜀の 郡守 李冰(りひょう)が指揮をとって始まった。 完成するのは彼の死後、数世紀経ってからだが、ここから引かれた岷江 の水は成都平原5300平方キロを潤し、成都を天府と呼ばれる豊かな 地に変えた。 都江堰を山の上の展望台から全容を見ると、この工事の凄まじさが理解 できる。山の中腹にある二王廟には李冰が祀ってある。 岷江河岸に降りて、桟橋を渡って岷江の激しい流れを見ると3300年前 の大工事が偲ばれる。 河岸のお土産屋さんで、なぜか毛沢東語録を売っていた。 11時頃、都江堰を出発し成都へ戻り、青羊宮(せいようきゅう)へ向かう。 青羊宮は全国的に名高い道教宮観(道教の建築物)。 地元のおばちゃんの参拝客が多く、ロウソクの煙たなびく中を散策。 そして成都国際空港へ向かう途中のレストランで昼食。 このレストランの前で果実を売っていたので、タイへのお土産に桃とプラム を買う。お金を出した途端、乞食がすっと寄ってくる。 高さんが「乞食にお金を見せないで!」と叫びますが、「乞食の扱いは バンコクで慣れているから大丈夫」と悠然と買い物。 このレストラン、今まで食べたどの四川料理よりおいしかった。 最後なので家内は紹興酒などをいただく。 食後、高さんがスッと寄ってきてアンケ一ト用紙をそっと出す。 「大抵のお客様はサインだけしてくれます」というので、私は中国語の 意味を聞いて、ひとつ一つ丸をつけた。 日程、ホテル、食事などの後にガイドという欄があったので、5のところに 花丸をつけ、さらに「素晴らしいガイドさんでした」とコメントを付けたら、 「会社に日本語、読める人がいます」と言って、大喜びしていた。 少年のような高さんは楽しく熱心で、素晴らしいガイドだった。 何よりも、私たちを一回も土産物屋に案内しなかった。 「ありがとう」と言い、「中国元がないので米ドルで。牟さんと今夜食事 でもして下さい」と言って20ドルのチップをあげたら、とても喜んでくれた。 私たちの四川省の旅は終った。 (完 了)
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(このコラムの前シリーズのバックナンバーは現在整理中です。順次公開していきます。)