元気なシニア、障害をお持ちの方のためのBAAN TAOロングステイプロジェクト:健康の維持・増進・回復のために
連載コラム「人間へのはるかな旅」第三部

■■第40回「蜀の国紀行...その2」■■

2004/07/09


四川省では相手のいうことがイエスであってもノ一であっても、
「ホホホ」と言えばいい。
ガイドの高(コウ)さんにそう教えられ、旅行の間中、私たちは 
「ホホホ」を連発することになった。
高さんの電話を聞いていると、日本人が言う「はい、はい」の
ように「ホホホ」と言っている。
私などは、今でも「ホホホ」が口癖となってしまった。
もう一つ高さんの口癖に「そそそ」があった。
これは「そうです」の意味で、私が何か言うと「そそそ」と高さん
は言う。旅の間中「ホホホ」と「そそそ」が入り混じった、誠に
面白い会話が続いた。旅は楽しい方がいい。

6月30日(水)
7:30ホテルを出発し峨眉山(がびさん)へ向かう。 
成都の南西160Kmにある峨眉山は、山西省の五台山、浙江省
の普駝山、安徽省の九華山とともに仏教四大名山に数えられる
聖地で1996年に世界遺産に登録された。 
標高3099m、古来より仙境(仙人の住む場所)と称えられている。 
その日は雨、峨眉山はまったく霧の中にあった。

ホテルから15分ほどのバス停に行って、そこで地元の乗合バスに
乗り換える。ここでは公共道徳などクソクラエの中国人、並んでいて
も早い者勝ち。
バスが満員になると次々に出発しますが、すぐにビニ一ル袋が配ら
れる。なにしろ急カ一ブの多い坂道を延々と1時間半ばかり走る、
気持ち悪くなって吐く人が続出するそうな。 
案の定、周りの婆さん連中がゲロゲロやり出して、すさまじい雰囲気
になる。
私など婆(ばばあ)を睨みつける。「中国人は車に弱いね」と高さんに
言うと、「たくさん食べてくるからですよ」とのこと。

峨眉山の入口で何と写真を撮られてしまう。
「何で写真撮るの?」と聞くと、「峨眉山は自殺者が多いから、後で
身元を分りやすくするため」だそうで、驚くことに入場券にいま撮った
写真が印刷されている。 
入場券に自分の顔写真があるなんて、人生初めての経験。
またしばらくバスに乗り、ロ一プウエイ乗り場まで1.5Kmほど山道を
歩く。海抜2500m地点で空気も薄く、やや苦しい。 
ロ一プウエイに5分ほど乗るとそこが頂上の金頂。晴れていれば雲海
や、はるか彼方チベットの方も望めるという。雨では仕方ない。 

来た道を折り返して、車が待っている地点に着いたのが午後2時、ラ
ンチを食べて次の世界遺産・楽山大仏へ向かう。 
楽山市は成都の南164kmに位置する。四川省盆地の南西部におけ
る水陸交通の要衝である。 
楽山の大仏は大渡河と青衣江が交わり岷江(みんこう)となる凌雲山
の麓にたたずむ世界最大の石仏である。
高さ71m、肩幅28m、足の甲には大人100人が余裕で座ることが
出来る。この大仏、凌雲寺の僧海通が作り始めたのは唐の玄宗皇帝
の時代713年、完成が803年、実に90年の歳月を要したという。 
大仏を作った理由は岷江の氾濫を鎮めるためだった。

私たちは大仏の頭の部分に案内され、上から大仏の足の方を覗くこと
になる。高さんが、「下へ降りてみますか」と言うので、家内はパスし、私
と高さんで一気に70m下まで駆け下りる。
今度は下から大仏の上を見て、一挙に70mの階段を駆け上がる。 
まるで猿の如く駆け上がる私に高さんはついてこれない。 
「私より早いお客さんは二人目ですよ」とのこと。
その後、凌雲寺を散策して、今度は岷江で船に乗って船から大仏全体を
見る。船の中で初めて日本人のツア一客と遭遇。 
船上からの大仏の眺めも中々いい。
ところで、この楽山大仏の真正面の対岸に瀟洒な離宮があった。 
「あれはこの大仏を深く信仰するタイのシリキッド王女様の別荘です」と高
さんは言う。王女は時々この別荘に来て、楽山大仏を拝むそうな。

夕方成都市内に戻って薬膳料理の夕食、お店の名前は《欽善斎》といい、
成都では有名なレストランとのこと。 
薬膳という以上、薬を使った料理なのか、イマイチ意味は分らなかった。
この日もまたホテルへ戻ってすぐに眠ってしまった。 
いかに健脚の私でも今日は実に疲れた。
             (次回へ続く)





(このコラムの前シリーズのバックナンバーは現在整理中です。順次公開していきます。)

目次に戻る