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連載コラム「人間へのはるかな旅」第三部 |
2004/07/06
古くから中国には《蜀の犬は太陽を見て吠える》という諺がある。 それくらい蜀の国、今でいう四川省、雲南省は曇りの日が多い。 四川省はかって、この地が四つの行政区から成ることから名付けられ たが、その南は雲ばかりということで、雲南省という名が付いた。 成都は四川省の省都、中国第八番目の大都会である。 かってはここに重慶という巨大な町があったが、重慶は中国政府直轄 市となったため四川省と袂(たもと)を分かちあった。 四川省と重慶市は仲が悪い。重慶が中国政府の直轄市となった翌日、 四川省と重慶市の境界線に重慶市は「熱烈歓迎・四川省」という看板 を立てた。四川省の役人は怒り狂ったという。 今までは自分たちの下だった重慶市が、今では手の届かない所へ行っ てしまった。 それ以来、四川省と重慶市は仲が悪い。市民同士も仲が悪い。 6月28日(火) タイ航空618便は定刻よりやや遅れてドンムアンを発ち、14:45定刻 通り成都国際空港に到着、ビザのいらなくなった中国の通関をあっとい う間に出て、出迎えの農民のおばちゃんの歓迎に遭う。 これ市内まで送る白タクのアルバイトだそうな。このおばちゃんパワ一に ガイドさんも後ろの方で待機せざるを得ない。 今回のガイドさんは少年のような感じの高(コウ=女性)さん、運転手は 馬(マ一)さん、私たち二人の4人での成都旅行となった。 空港から成都市内までは約30分、最初に行ったのが中国銀行、両替を してくれるのがこの銀行しかない。 私も中国の銀行を見たかったので、窓口でパスポ一トと1万円札を出して 交換してもらう。最初にタイバ一ツを出したが、あかんべえをされた。 次に行ったのがバザ一ルで、安い桃と梨を合わせて 6元ばかり買い物を してしまった。(1元=13円) 町を走ると目に付いたのが巨大な毛沢東の像、この像、文化大革命の頃 は中国全土にあったが、今では成都と瀋陽の2ヶ所だけという。 町は至るところで建設ラッシュ、工事の槌音が絶えない。 ある地点で麻婆豆腐の店を見て高さんが、「あの店は国営の店、高い、サ 一ビス悪い、成都の人誰も行かない、今に潰れる」とご宣託。思わず笑っ てしまった。 16:00諸葛孔明、劉備、関羽を祀る武候祠(ぶこうし)に行く。 中国の歴史書あるいは歴史物語で日本人に一番読まれているのは三国志 であろう。 十八史略や司馬遷の史記は読んでなくとも、吉川英治の三国志は読んでい る。また、今は盛りの宮城谷昌光氏も三国志を連載中。 だから中国人より諸葛孔明や劉備の話を知っている。 高さんの話によると、以前に若いガイドが「劉備は成都で死んだ」と説明し たところ、日本人の観光客から「劉備が死んだのは白帝城だろ」と言われ、 それを最後のアンケ一トに書かれて若いガイドはクビになったそうな。 この建物、西晋時代の末期(4世紀初め)に建てられ、その後何度も再建 され1500年以上の歴史を持つ。 中に劉備を祭った劉備殿と孔明を祭った諸葛亮殿がある。 この回りには三国志に出てくる様々な英雄豪傑、関羽、張飛、子竜、馬超、 黄忠などの像があって、見ているだけで三国志の世界に浸れる。 有名な赤壁の戦いの合戦図などもあり、曹操の軍、孫権の軍、劉備の軍 の動きがよく分る。 高さ12mに及ぶ劉備の墓は武候祠の西側にあり、それを一周する。 高さんはしきりに「劉備の子供はバカだ、バカだ」を連発、孔明を神のよう に崇める。 成都人の心境としては、劉備の息子の出来がもう少し良ければ天下を統一 していたのに、と悔やんでも悔やみきれない思いなのだろう。 それにしても、孔明はこの地で神になったのである。 武候祠見学を終えて、私たちは峨眉山(がびさん)へと向かう。 成都から約160km、世界遺産のある町・峨眉山、その華生大酒店が今日 の宿泊ホテル。 夕食はホテルのレストランでいただくが、出てきたのが大皿に8種類の四川 料理、思わず「こんなに食えないよ!」 四川料理は辛味がきつい、普段、潮州料理や広東料理を食べつけている身 としては、何となくお口に合いませんな。 それでも不味い訳ではないので、たくさんいただいてしまう。 食後に市場で買った桃と梨をむいてもらったが、桃は美味しいが梨は水気が なくてダメだった。 食事が済んだ後に、欲も得もなく寝てしまう、四川省紀行、最初の夜は更ける。 (次回に続 く)
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(このコラムの前シリーズのバックナンバーは現在整理中です。順次公開していきます。)