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連載コラム「人間へのはるかな旅」第三部 |
2004/06/29
1996年12月15日 ラチャダムリのホテル 午後2時半、私はラチャダムリのホテルに到着、会場に行きました。 会場では田中星児が歌を歌って、大勢の子供たちと遊んでいる。 もうすぐ最後のお楽しみ、抽選会に入るだろう。 壇上にはたくさんの景品が置いており、その中に私がむしり取られた カメラが2台ちょこんと置いてあった。 3時にパンダバスのクリスマスパ一ティは終了、とはいっても子供たち は中々立ち去らず、片づけが始まるまで20分くらいかかった。 3時半、会場が二つに仕切られ、半分が表彰式用に、半分がパ一ティ 一会場にと作られていきます。 会場前には受付が作られ、お土産が運び込まれます。 そして早く来たお客様のためにコ一ヒ一とジュ一スが用意しされ、続々 と花束が届きます。 4時半、表彰式会場の準備が出来て、あとは私どもの方での最終確認。 「5時には必ずスタ一トする、遅れたお客様を待つことはしない、5時に 扉を閉めるように」 4時45分、会場にお客様を順次誘導します。 4時55分、私が司会の席に向かいます。 5時ちょうど、入口の扉が閉められた。 私がマイクの前に立ちます。 「ただ今より、1996年度、○○○経営戦略研究会をを開始いたします」 私が軽く右手を挙げます。 会場後ろの2階の天窓にいる千穂がさっと動く。 「タイ国国歌を演奏いたします、皆様、ご起立下さい」 タイ国歌が会場に粛々と流れます。 午後7時半、パ一ティ一が終わり、受付でお土産をお渡しし、参加社員全 員の挨拶を受けて、お客様はお帰りになります。 パ一ティ一終了後、社員全員を集めて食事、 「パ一ティ一はお客様に食べていただくもの、社員はお客様の話し相手を するもので、絶対に食べてはいけない。食事は必ず余るから後でいっぱい 食わせてやるよ」 と言ってましたので、それでもまだ残っているものは、タイ人社員に持って 帰らせます。 8時半、社員も帰って後片付けもあらかた終わり、私は千穂と二人だけに なりました。 「ありがとう、千穂、中々いいパ一ティ一だったよ。お客様も喜んでくれた」 「ごくろうさまでした」 「私は来年の春に日本へ帰る、来年は次の人が来るだろう、その人がこの ホテルを使うとは限らないから、がんばって営業しろよ」 「はい、寂しくなりますね」 「請求書はできるだけ早く送ってくれ、今年中に支払いする」 「最後のご挨拶に請求書持ってアユタヤの会社に行きます」 「楽しみに待っているよ」 2004年6月 バンコク郊外・バンナ あれから7年の歳月が流れ、いま私はロングステイヤ一として第二の人生を バンコク郊外で送っている。 わが愛するプ一ルの周りには、一年中白いプルメリアが咲く。 未来は矢のように近づき、現在は風のように通りすぎ、振り返れば過去は静 かに止まっている。 千穂は今どうしているかって?風の噂で聞くところによると、あれからオ一スト ラリアのホテルに勤務地が変わり、現地で商社マンと知りあって結婚、今では 子供もいて、かの地で幸せな人生を送っているという。 それからもう一つ質問があるって? 「実は私は・・・・・のです」という千穂の言葉、いったい何を言ったのか、という のでしょう、人間の考えることは大体同じですな。 あれはね、こう言ったんですよ。 「実は私、経験がないんです。男性を知らない、驚いたでしょう。貴方のことは とても好きです、抱いてほしい、だけど結婚する人にあげたいのです」 勇者は、ひどく赤面した (太宰治「走れメロス」より) (完了)
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(このコラムの前シリーズのバックナンバーは現在整理中です。順次公開していきます。)