| 元気なシニア、障害をお持ちの方のためのBAAN TAOロングステイプロジェクト:健康の維持・増進・回復のために |
![]() |
連載コラム「人間へのはるかな旅」第三部 |
2004/03/26
先回、ロングステイのタブ一を二つ書きましたが、今回はロングステイ もありますが、海外に出た時の絶対にガイドブックに載っていない注意 事項をお話しさせて下さい。 このような件は多分、私しか皆さまにご注意いたしません。 それは、「海外に出たら祖国(日本)の悪口を言うな」ということです。 これはほとんどの日本人が気がつかない。 海外にも日本語の分る現地人は沢山いるのです。 以前、ロングステイの視察で来たお客様が、夕食の時に酔った勢いで 「小泉はなんだ、日本はダメだ...」とか、かなり厳しい批判を大声で しゃべり始めました。 私はかなり厳しく、「タイには日本語の分る現地人がいっぱいいます。 あなたの悪口を聞いて、日本人はあんなに祖国のことを悪く言うのか、 と思いますよ。絶対に止めて下さい」と怒りました。 日本人が日本で日本を批判するのはご自由です。 だけど海外では絶対に言ってはいけない、むしろタイ人が日本を批判 したら(礼儀正しいタイ人にはありえませんが)弁護して欲しい。 タイはもちろん、海外に住む日本人は概して愛国心が強い。 国旗や国歌に対しても特別な思いを持っています。 それはタイ人の国旗や国歌に対する愛情を知っているからでもあります。 これを言いながら忸怩(じくじ)たる思いは、このタイにも平気で祖国の批 判する進歩的文化人と称する在住日本人がいるのです。 それも言うだけでなく、今もタイのマスコミに書きなぐっているバカがいる。 私は数年前にバンコク週報で某コラムを書いているに日本人が、日本に 帰省した時の印象として、4週にわたって日本を批判しまくった記事を読 んだことがあります。 私は怒り狂ってかなり厳しい批判をバンコク週報に送りましたが、結局は 当人同士の話し合いにして欲しいといわれました。 私はバンコク週報に載った記事だから、公開で紙上討論にして欲しいと 希望したのですが、バンコク週報側がビビッてウヤムヤになってしまいま した。 その後のコラムで私の抗議文の一部を抜き取って、かなりひどい(私に対 する)批判をバンコク週報紙上でしていましたが、こういう結末を一番恐れ ていたのです。これでは私が論争を挑んだ意味がない。 私は海外にいる日本人は別にやるべき事はあるはずだと思います。 海外から見た日本のよさ、美しい自然、きれいな町並み、おいしい料理、 勤勉な人々、うそをつかない、約束を守る性格...挙げればきりがない。 それにデ一タからの話をします。 日本のGDPは500兆円、世界のの15%にあたります。 日本の面積は世界の0.28%、日本の人口は世界の約2%程度。 こんな小さな国、そして2%の人口の国が世界の経済の15%ですよ、これ を誇らずして何を誇るのですか。 今、いくら中国がいいからと言っても、中国のGDPは日本の五分の一以下、 中国の人口は約13億人です。比べものにならない。 私は何を言おうとしているのか、もっと事実を知ってもらい日本の皆さまに 自信を持っていただきたい。 その事実を教えるのが、私たち海外に住む者の勤めなのです。 批判からは何も生まれない、そんなクソみたいなことは日本のマスコミに任 せればいい。海外に住む私たちがその尻馬に乗ることはないのです。 私はこんな論争、つまり「海外に住む日本人の役割とは何か」といったような ことを、バンコク週報紙上で議論し合いたかったが拒まれてしまった。 私はそれ以降、バンコク週報を読むことを止めてしまいました。 こんな背景から、私はお客様が海外で日本を批判することに注意します。 重ねて言います、批判は小学生でも出来る。 大人のやることはどうやって問題解決の手段を考え、実行するか。 その苦しい作業をやるのが大人の役割。 私のコラムなど読んでくれる人は非常に少ないと思います(週刊誌に連載され ているくだらないコラムよりも、私のコラムの方がよほど面白いはずです)が、 皆さまだけは、皆さまの住む国に対して、自信と誇りを持って下さいましな。 国家が諸君に対し、何をしてくれるのかを問うのではなく 諸君が国家に対し、何をなしうるかを問いたまえ ジョン・F・ケネディ 今回で精神編は終り、次回からは生活編に入ります。 バンコクでの生活を通じて、ロングステイ実践に関する、様々な皆さまの疑問 に答えていきたいと思います。 余 談 前回の私のコラムの最後にバ一ンタオ氏のくだらないコメントが載っていて、 さぞご気分をそこねた読者もおられると思います。申し訳ありません。 私の文は最初から最後まで計算し尽くされて書かれております。 その格調の高さ、情熱の深さ、博識、時おり出てくる傲慢な態度、そしてユ一 モア溢れる文体、これは「余談」に至るまで考えに考えて書かれています。 その全体の絶妙なバランスの上にたって、読む人は心地よい感動を覚える。 なのにバ一ンタオ氏が最後にくだらないコメントを付けたために、文章全体の バランスが壊れ、読後の余韻が台無しになってしまった。 私の文章をチェンマイ日誌と同列に扱うとは、何という愚か者! 三島由紀夫や川端康成の文章の最後に編集者がコメントを付けるか! こんなことを書いたからといって、この後に「スイマセン」などというコメントを 付けないように、切に願っていますよ。
|
(このコラムの前シリーズのバックナンバーは現在整理中です。順次公開していきます。)